非歌鳥の神経科学研究が2本同時にScienceに載っていたので紹介する

2020年9月25日付で公開されたScienceで、2本も鳥の研究が発表されていた。で、これが両方歌関連じゃなくて珍しいし、感想を書いておこうと思う。

 

1本目は、Andreas Niederラボの研究

Nieder, A., Wagener, L., & Rinnert, P. (2020). A neural correlate of sensory consciousness in a corvid bird. Science369(6511), 1626-1629.

science.sciencemag.org

 

Niederラボは、ハシボソカラスの電気生理を精力的にやっているグループだ。関係ない話だが、ここは俺の個人的なブログなので好き勝手話すと、彼のラボ出身で多分まだ在籍しているHelen Ditzは数認知の研究やってる俺の同期で、これがまた手がつけられんくらい優秀な人だ・・・(しかも、人格もしっかりしていて、とても明瞭に物事を語ってくれるし、俺がSfNで風邪引いた状態で聞きにいったらすごく心配してくれた)。

 

で、本題に入ると、Nieder et al. (2020) の目的は「感覚刺激への主観報告と相関する神経活動」を探ることだ。着目した部位はNidopallium caudolateral  (NCL) という部位である。NCLは、機能的、解剖学的な特徴から哺乳類のPFCに類似した部位として知られている。具体的には、ドーパミンの投射関係だったりとか、ワーキングメモリその他の課題関連活動が類似しているという研究が山のようにある。ただし、発生学的には起源が全然違う。そういうわけもあって同じ機能を実現するための収斂の例として、みんな面白さを感じている。

 

カラスにやってもらった課題としては、rule- based delayed detection taskというものを使っている。ざっくり言えば、視覚刺激の強度を色々変えて提示してあったかなかったかを答えさせる課題だ。で、こういう課題をやらせれば信号検出理論でおなじみの

  • 刺激が提示されたときに「あった」と答えた (hit)
  • 刺激が提示されたときに「なかった」と答えた (miss)
  • 刺激が提示されなかったときに「あった」と答えた (false alarm)
  • 刺激が提示されなかったときに「なかった」と答えた (correct rejection)

と反応を分類できるわけだ。そこで、「物理的にあったかなかったか」と「意識的に知覚していたか」を分離できるというアイデアで、意識的な知覚に相関する神経活動を探す。具体的には、そういう活動をするニューロンがNCLにあれば、false alarmの反応でhitと似たような活動を見せるはずだ、ということだ。まあ、false alarmとhit両方に相関すればそれが「意識的知覚と相関する神経活動」なのかは議論の余地があると思うが、とにかく彼らはそう分類して話を進めている。

 

以上のようなロジックでNCLのニューロンを記録したところ、実際そのような活動が見つかった、というのが彼らのメインの発見だ。正確には、そのような活動が刺激提示中ではなくて、刺激提示期間と見えた/見えなかったの判断をする間のdelay period中にあったということなので、「意識的な知覚を行なっている」最中の活動ではない。つまり、Niederの研究で記録されている活動はいわゆる "visual awareness" ではない。そういう意味では、マカクでやられている両眼視野闘争の電気生理研究なんかとは意味合いが違う。

 

とはいえ、鳥類の実験で、物理的な刺激提示とそれに対する主観報告をきちんと分離して意識研究に昇華させようとした神経科学研究はこれが初である。行動レベルでは、上下左右の仮現運動の知覚研究や、他にも錯視の研究なんかはたくさんある。今後の展開がここからさらに生まれてくるだろうという点で、比較神経科学のマイルストーン的な研究であることは間違いない。

 

他にも、ROCカーブを描いたり、SVMで神経活動からカラスの回答をdecodeできるかとかもやっているが、ここではまあそこまではいいだろう。

 

 

2本目は解剖学の論文で、これは俺の現所属Onur Güntürkünラボから出た論文だ。

 

science.sciencemag.org

 

Stacho, M., Herold, C., Rook, N., Wagner, H., Axer, M., Amunts, K., & Güntürkün, O. (2020). A cortex-like canonical circuit in the avian forebrain. Science369(6511).

 

Martin Stachoは、当該ラボの元院生で、今は別の研究機関 (どこかは失念してしまった) でポスドクをしている。俺とはちょうど入れ違いだったけど、何度か顔を合わせたことがある。ちなみにStachoは「シュタッフル」と読む。日本人には初見じゃまず読めねえな。スロベニアの名前らしい。この研究は2016年のSfNで聞いたことがあったが、Scienceかあ、すごいなあ。

 

この研究のバックグラウンドとしては、鳥の脳は長い間 (1900年代初期から、だいたい2000年手前くらいまで)、我々哺乳類の持つ大脳皮質に相当する構造はなく、もっぱら前脳は大脳基底核だけであると考えられてきた。が、現代では、鳥は「層」構造の大脳は持たないものの、発生学的にも解剖学的にも機能的にも、皮質に相当する構造をは有していることが広く受け入れられている。

 

鳥業界の人にとってはよく知られている話なのだが、以上のような経緯もあって鳥の大脳の部位の名前は2004年を境に刷新されている。例えば、"neostriatum" という部位は "nidopallium" (先ほどのNieder et al. (2020) の記録部位) に変更された。"pallium" は外套という意味で、皮質という層状の構造は持っていないが、それに相当する大脳の名称として使われる。どうでもいいことなんだが、「鳥は大脳皮質が持たない」あるいは「大脳皮質を持つのは哺乳類だけ」といった言明は結構見られるが、これは「皮質 (cortex)」という構造の欠如を指している点ではあっているにせよ、ややミスリーディングな言い回しになっている。

 

で、明白な皮質という構造は持たないものの、感覚領域の回路を入念調べると実際にはcortex-likeな構造が浮かび上がってきたというのがStacho et al. (2020) の発見である。具体的には、視覚、聴覚、体性感覚について調べている。哺乳類の一次感覚野のコラム構造とちょうど類似していることから、彼らはconnonical circuitと呼んでいるわけだ。

 

具体的にどんな構造のことを言っとんのかというのは、この図がわかりやすい。

https://science.sciencemag.org/content/sci/369/6511/eabc5534/F9.large.jpg

 

ちなみに、対象としてはハトとフクロウを使っているが、両種で基本的には等価な知見が得られている。

 

このような構造の類似性が何を示唆してるかという、進化とメカニズムの両方で意義が見出せる。

 

まず、進化のレベルでは、哺乳類と鳥類の共通祖先の時点でconnonical circuitが存在していたのではないかという議論ができる。もちろん、両者が独立に進化させた収斂進化である可能性も考えられるが、この辺りは今後対象種を広げていくことで確度を高めることはできそうだ。最近は爬虫類や魚類の認知研究も多いし、行動研究と合わせて発展が期待できる部分だろう。

 

次にメカニズムという点では、同じような構造であるということは、つまりそれはその回路に見出される計算論的な原理も共通なのではないかということだ。どうやら聴覚については、そういう研究が既にあるらしい。この論文は知らなかったので、そのうち読もうと思う・・・。Stacho et al. (2020) では具体的にどんな計算を考えているかは述べられていないが、俺自身は最近Bogacz (2017) FEPチュートリアルをヒーヒー言いながら読んだせいで、俺の中の事前分布がかなり予測符号化に寄っている。トップダウンに下位レイヤーと結合しているmesopalliumは実はトレーサーの研究は昔からあって解剖学はよく進んでいるが電気生理はあまりない (ないわけではなくて、例えば最近同僚が共著者になってるこれとかがある)。なので、霊長類の皮質の計算理論から予測を立てて検証していけば、面白い展開になるかもしれない、なんて思った。俺は来年からはマーモセットの研究に移るが、この辺りの発展はこれからもチラ見はしていきたい。