心理統計学の単位を取れなかった男が9年後に振り返った話

 

 

日本心理学会のシンポジウム「心理統計の学習方略を議論する―統計とうまくつきあえるユーザーを増やしていくために―」を聞いて色々思い出が蘇ってきたので、書いてみる。

 

当該のシンポジウムは樫原 潤さん、德岡 大さん、北條 大樹さんが各々の心理統計との馴初めだったり、どうやって学習してきたかという戦略だったり、付き合い方について紹介したものだ。同世代の優秀な研究者がどんな来歴で現在の姿になったかを聞くのは単純に楽しいし、新しい手法を身に着ける上でのTipsのようなプラクティカルな学びもあった。日心に参加してる人は是非聞くといいと思う。

 

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樫原さんと德岡さんのトークは初見だったのだが、北條さんはよく知ってる人で、心理統計が専門のバチクソにできる人だ。ただ、単に技術的にバチクソにできてスゲーってのが彼の本当にすごいところではなくて (なんか語彙力がねえな)、心理統計学の立場から心理学の在り方や研究実践を再考・再定義しようという姿勢が彼の強みだと個人的に思う。シンポジウムでもその立場がよく出ていた気がする。まあ気になる人は実際にトークを聞いてくれ。

 

三者三様で経験談や意見表明が聞けたわけだが、共通するのは「学部のときはあまりできなかった」という述べている点だ。本当にできなかったのかは知らない。心理学者で「俺は統計学が得意だぜえ!」と胸張って言う人は稀だろうし、聴衆へのリップサービスもあるだろう。とはいえ、本人らの気持ち的には苦手なところからの出発なのは、多分そうなんだろうな、と思う。

 

というわけで、俺も一人で勝手に「心理統計の学習方略を議論する―統計とうまくつきあえるユーザーを増やしていくために―」を語ろうと思う。といっても、学部教育をどーするかとか、そういう話はしない (シンポジウムではそのような大きい話も出ていて、それはそれで面白かった)。ただ単に、思い出話から何か教訓が引き出せればいいな、くらいの気持ちだ。

 

さて、俺も御多分に漏れず「学部の頃は苦手で・・・」というクチだ。どれくらい苦手だったか。ここで表題に戻る。「心理統計学の単位が取れなかった」くらいの苦手さだ。テストに出たのは、今でも覚えている範囲だとANOVAとマンホイットニーのU検定だったが、どうやらちゃんと解けなかったらしい。学部の頃の俺ときたら、今とは比べものにならないくらい自信満々でイキリ散らかしていた人間だったので、顔から火が出るような思いだった。で、落とした当初はその反動で統計学が大っ嫌いだったし、こんなもん真面目にやってられっかクソとか思ってた。大学院に進む人間とは思えないマインドセットなんだが、そう思ってしまったものは仕方ない。

 

転機は、卒論を始めたときに、学部の指導教員の先生に指示でロジスティック回帰が必要になったことだった。ロジスティック回帰を使うと言っても、当時の俺は中身をまともに勉強しようなんて思わず「とにかくなんかS字カーブじゃなきゃダメなんでしょはいはい」くらいの気持ちだった。エクセルじゃできないのでRかSPSSどっちかでやりなさいと言われたときは、「Rの方がなんかパチパチカターンとやっててカックイイしそっちにしよう」とか考えていた。当時の思惑はともかく、この選択は後から振り返ると大正解だったのかなあと思う。

 

大学院に入ったら、指導教員に今度は「君はこれを読みなさい」と、かの有名な「みどりぼん」を渡された。で、M1のときの学会発表では早速線形混合モデルで結果を出せと指示を受けた。幸いRは卒論で使い始めていたから、作業する分にはそれほど苦労はなかった。別にこのときも大してわかってたわけじゃないんだけど、プログラムは打てばなんか結果が返ってくる (それが怖くもあるんだが)  ので、即時フィードバックはやっぱ学習にクリティカルに効いてくるのがわかる。ちょうど最近ラボの博士院生からも「統計わからん」と言われたので 「Learning by doingで頑張れ」とテキトーで、なんとも言うのは易しな返しをしてしまった。だがまあ、とりあえず動かして、どんな挙動で動くものなのかをしこたま感覚を養ってから座学ってのが、自分には向いてるんだろうな、今もだいたいものをそうしてる (これを "松井の学習方略その1" としよう)。

 

博士に上がるタイミングである2016年にはこれまた有名な「あひる本」が出た。実は指導教員はみどりぼんをM1のときの俺に渡してきたものの、ようは一般化線形混合モデルが使えればいい (もっと具体的には、Rのlme4パッケージが使えればおk) くらいの感じだったので、ベイズ統計モデリングは自発的に勉強を始めた。なんで始めたかというと、俺は負の感情で動くことが多い人間で、指導教員の劣化版コピーにはなりたくないって気持ちがM1の頃から強かった。手っ取り早くそうなるのは、指導教員が持ってないスキルをとっとと身につけてしまうのがいいだろう (そして、指導教員のいいところはそれはそれで盗んでいく!というのが理想、これもまた言うのは易しだがな) と考えたためだ。これを "松井の学習方略その2" としておこう。

 

他にも、たまたま声をかけてもらえた「生物ー統計学ー科学哲学が集まって議論する会」みたいな統数研のゼミに参加してみたり、慶應で繁桝算男先生がベイズ統計の勉強会を開くと言うので参加してみたりと、色々機会があった。この辺りでカタカタパチーンで結果が出せるだけじゃなくて、ある程度その背景も知っといたほうがええなあと態度がよろしくなってきた。だが、この点はまだまだ勉強中ではある。

こう書いてみると、なんかラッキーなやつで、実際それはそうだと思うんだが、この手のものは始めてみたらポジティブフィードバックがかかって、さらに情報が入ってくるという側面がある。なので、「最近こういうの勉強してるんですよお」と声高に言ってみて、周りに詳しいおじさん・おばさんたちが勝手に寄ってたかっていろんなものを勧めてくるの期待してみるのもいいかもしれない (これを "松井の学習方略その3" ということにしておこう)。

 

結果論だが、ベイズ統計に手をつけたのはコスパのいい勉強だったようで、博士のうちに論文になった共同研究があったし、ドイツにいる今も準備中のものがある。ただ、よかったなあと思うのは、論文が出た、という目に見える形のベネフィットだけにはとどまらない。そもそも動物の行動という、ゆらぎを本質的に伴う対象を研究している者の視点として、統計モデルと、その背後にある数理は勉強し始めてよかったし、今も継続中というわけだ・・・。

(じゃあそういう視点からおめーが面白い研究をしろよって話なんだが、ちょうど学振PDの申請内容が「学習心理学と計算論と神経科学を使って意識を生み出すメカニズムを調べたい」みたいな話なので、それは今後に期待してもらうとして・・・)

 

とにかく、確率モデルって面白いし大事だよね、という話なんだが、具体的な研究や考え方についてはちょうど日心こんな話をする運びになっている (↓↓隙あらば宣伝↓↓)

 

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最後に、特にオチはないんだが、色々思い出したら、とりあえず統計学を勉強した上で3つ方略があったと言えそうだ。再度まとめておこう。

 

  • 松井の学習方略その1:とにかく必要なんだから手を動かしてみる
  • 松井の学習方略その2:指導教員始め、差別化を測りたい人間をベンチマークに自分の目標レベルを設定する
  • 松井の学習方略その3:大声で「勉強してまあす」と言っておけば、なんか声が掛かる

 

挙げてみたが俺の場合、心理統計に限らないでやってるわと思い当たる節があるな・・・。あと、ここまでつらつら書いておいてアレなんだが、こういうのは策士策に溺れるみたいなことになってはしょーもないので、自分の内なる声に従うのが基本だろう。つまり、「もっと勉強したいけど、これ以上できても役にたつか微妙だなあ」みたいな事態になったときに、勉強しないことの理由にはしないほうがいい、とは思う。