研究を始めて10年が経つことだし、俺をここまで連れてきた90 + 10冊を選んでみよう。

先日、妻とジュンク堂で本を買い漁ってたら、岡ノ谷一夫先生が『脳に心が読めるか? ―心の進化を知るための90冊』という本を出していたことを知った。出版は2017年なんで、別に最近でもなんでもないんだがな。俺も同業者の中では、まあまあ本を読むのは好きな方だと思うが、「心の進化を知るため」みたいに目的を設定して90冊を挙げられるほどの読書家ではない。いやはや恐れ入る。

 

とはいえ、俺はちょうど、2025年3月でもって、大学院に進んで10年が経つことになる。本格的に研究を始めて10年というのは、これまでを振り返るにはちょうどいいタイミングかもしれない。さすがに人生の1/3くらいを振り返れば、多少は誰かのためになるリストにもなるだろう。というわけで、今回は自分の考え方に影響を与えたり、実際に研究に使っていたり、そもそもこの分野に飛び込むきっかけになったあれこれを集めてみようと思う。岡ノ谷先生にあやかって90冊、そういう本を選んでみた。中には今から勉強するならこれではないな、だとか、今読んだら感想違うだろうな、というのも含まれている。その点には留意してほしい。選定基準は1つ。今の自分の形成につながったと言えそうな本、それだけで選んだ。なので、いかにもな専門書だけじゃなくて、一般書や教科書も含まれる。最後の「+10冊」の部分は俺が好きな小説などの文学作品で、おまけみたいなもんだ。

 

量が多いので、各書への感想は一言に留める。なるべく、学部生でも読める平易に書かれたもの、教科書を最初の方に持ってきて、最後の方に最近の関心を集める。そういう方針で、始めていこう。

 

 

1. 『生命から見た世界』 / ユクスキュル, クリサート 著 , 日高敏隆・羽田節子 

言わずと知れた古典中の古典。多くの人がそうであるように、俺も、これを読んでこの分野に進んだ。

 

2. 『動物の環境と内的世界』/ ユクスキュル 著, 者前野佳彦

同じくユクスキュルの大著。環世界や機能環も記述も、個別の生物についての分析も厚い。確か大学院のときに買って、夜な夜な読んだものだった。

 

3. 『ソロモンの指環—動物行動学入門』 / K. ローレンツ 著, 日高敏隆 訳 

動物行動学の創始者のひとり、ローレンツの記した観察録。この手のリストではまず挙がる。こういうのを読む中で、動物の行動に関心が湧くようになった。

 

4. 『心の先史時代』 / スティーヴン・ミズン 著, 松浦俊輔, 牧野美佐緒 訳

5. 『進化心理学入門』 / J. カートライト 著 鈴木光太郎 ・河野和明 訳

ヒトの心の進化を行動比較や考古学的証拠、進化学の知見から推測する。この2冊は、たぶん学部2、3年生の頃に読んで、当時の俺は進化心理学にハマったのだった。

 

6.『自然人類学入門-ヒトらしさの原点』/ 真家和生

そもそも文学部に入学した俺が、どうして進化に関心を持ったのかといえば、一般教養で自然人類学の講義をとったからだった。講義を受けていた当時はそれほどのめり込んだわけではなかったが、心理学専攻に進んでから読み直したものだった。

 

7. 『虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか』/   リチャード・ドーキンス 著, 福岡伸一

俺みたいな学生は往々にしてドーキンスにハマることが多いと思うが、まさにそんな感じ。これはドーキンスの中でも、ポピュラー・サイエンス寄りな本だったと思う。

 

虹を解体することにより、私達は夜空に輝く星の光を分析しそれぞれの星の経てきた時間や地球からの距離を知ることができるようになった。そうした知見は、新たな創造の源になりはしないだろうか。科学は詩を解体するものではない。むしろ新しい詩を創り出すものである

 

8. 『脳のなかの幽霊』/  ラマチャンドラン,V.S.・ブレイクスリー,S. 著, 山下 篤子 訳

学部のときに、TEDで知って狂ったように読んだ。幻肢やカプグラ症候群とか。

 

9. 『理性の限界―不可能性・不確定性・不完全性』/ 高橋昌一郎

これも学部生のとき、周りで読んでない人がいないんじゃないかってくらい読まれていた気がする。人間が知ることのできる限界を模索する。

 

10. 『進化と人間行動』 / 長谷川寿一長谷川眞理子・ 大槻久 著

学部3年生のとき、大学院の指導教員の講義を受けて読んだ。協力行動や性選択とか、今でも心理学者が進化について学ぶときはまずはこれを手に取る人が多いんじゃないか。最近でた改訂版は数理生物学の大槻先生が加わり、ボリュームアップしてる。

 

11. 『脳科学と心の進化』 / 渡辺茂・小嶋祥三 著   

12. 『ピネル バイオサイコロジー —脳-心と行動の神経科学』 / J.ピネル 著, 佐藤敬・若林孝一・泉井亮・飛鳥井望 訳

1つ目は俺が学部のときに慶應で「生物心理学」の講義を持っていた渡辺茂先生の

講義をまとめた本。2つ目も、その関連で当時ハマっていた。両方とも、今だと、ちょっと古いかな?

 

13. 『カールソン神経科学テキストー脳と行動』/ N. カールソン, M.A. バーケット 著, 中村克樹 監訳   

いつしかのゴールデンウィーク、吉祥寺のサンマルクでこれをずっと読んでいた(迷惑でごめんなさい)。あまりわかってなかったけど。こちらも最近原書の翻訳の版がアップデートしたようだ。

 

14. 『メイザーの学習と行動』 / ジェームズ・E・メイザー 著, 磯博行・坂上貴之・川合伸幸 訳   

行動分析学を学びたい人は、今でもだいたいこれを手に取ると思う。学部2年の必修の教科書だったけど、大学院入試、院生時代、今もたまに開くことがある。

 

15. 『オペラント心理学入門: 行動分析への道』/ G.S. レイノルズ 著, 浅野俊夫 訳   

オペラントについて知るべきことが濃縮された一冊。本当はこれをいろんな人に勧めたいけど、絶版だし、手に入りづらい。ところで、某有名な行動神経科学の研究室では、輪読でレイノルズを読んでいたらしい。すげえ。

 

16. 『エッセンシャル・キャンベル生物学』/ E.J. サイモン, J. リース, J.L. ディッキー 著, 池内昌彦・伊藤元己・箸本春樹 監訳   

俺が動物の研究を本格的に始めたのは大学院に入ってからなんだが、それが決まったときにまず手に取ったのがこれだった。俺は意外と、昔から教科書を愚直に読むのが好きなタイプ。

 

17. 『ワンダフル・ライフ: バージェス頁岩と生物進化の物語』/ S.J. グールド 著, 渡辺 政隆 訳

これを読んだのは、修士院生のときだったと思う。カンブリア紀の生物の多様化にまつわる古生物学の一般書。

 

18. 『オールコック・ルーベンスタイン 動物行動学』    J. オールコック, D.R. ルーベンシュタイン 著, 松島俊也・相馬雅代・的場知之 訳    

最近翻訳でた、動物行動学の教科書。俺は研究室の輪読で毎週少しずつ読み進めていた。もし、動物行動・行動生態の人が俺と会話して「まあ話の通じるやつだな」と思ってくれたなら、この本のおかげである。

 

19. 『ティンバーゲン動物行動学』 / ニコラース・ティンベルヘン (著), 日高敏隆 (著)   

動物行動学の創設者の一人、ティンバーゲンの著書。上下で野外観察編と理論編に分かれる。今見るとたぶん見方もぜんぜん変わるだろうから、俺がまた行動学に近い仕事ができるようになったら、読み直したい。

 

20. 『動物心理学史: ダーウィンから行動主義まで』/ R.ボークス 著 宇津木保・ 宇津木成介 訳    

動物心理学の歴史で、俺が知る限り最もまとまっている本。こちらは、タイトルの通り、行動主義「まで」の歴史で、行動主義「から」の歴史は、最近ボークスさんが "Pavlov's Legacy" という本にまとめてる。こちらもすげえ本だが、需要的に翻訳は出ないだろうな.......。

 

21. 『動物進化形態学』 / 倉谷滋        

俺が大学院に入って、最初にやった研究はカレドニアガラスのクチバシの形態だった。それが論文となった後にこの本が出版され、もう少しちゃんと勉強してみたいと思って手に取った。もうちょっと行動と結びつく形で、またやりたい。

 

22. 『行動理論への招待』/ 佐藤方哉    

スキナーまでの行動主義について、この本以上にまとまっている書籍は、現在でも存在しない。やや語り口は独自なきらいはあるものの、結局勧めるのはこれ。なお、絶版。俺は、博士院生のときに読んだ。

 

23. B.F.スキナー重要論文集Ⅰ—心理主義を超えて  /  スキナー著作刊行会 編訳    

スキナーの重要論文を翻訳したもの。こちらは全三巻の一巻目。『心理学的用語の操作的分析』は、今でも重要な操作主義批判だと思う。『一事例』は、スキナーの個人史として面白い。

 

24. 『スキナーの徹底的行動主義:20の批判に答える』 /   B.F.スキナー 著, 坂上貴之・三田地真実 訳    

原著のタイトルは "About Behaviorism" で、俺は坂上貴之先生(ガミさん)の大学院演習で読んだ。当時は毎週きついと思っていただけだが、今では俺の肩にはいつも小さなスキナーが乗っていて「これでいいのか?」と囁いてくるようになった。

 

日本における行動主義をめぐる状況について、佐藤方哉さん以降に進展らしい進展があったのは、これら翻訳が待望されたものが立て続けに出たことだろう。ガミさんを中心に尽力された先生方の努力の賜物だ。ガミさんには、俺の書いた論文も見せたかったなあ。

 

25. 『動物に「心」は必要か—擬人主義に立ち向かう』/ 渡辺茂 

初版は俺が大学院を修了した年に出て、最近改訂版が出た。心は従属変数であり、独立変数にした瞬間におかしな方向にいってしまう。改訂版では、最近の植物の行動研究も入っている。

 

26. 『ダンゴムシに心はあるのか—新しい心の科学』 / 森山徹 

著者の森山先生が対象にしている、ダンゴムシの行動学から「心」とは何かに再考を迫る本。新書で、すべての人に勧められる。これも確か博士院生のときに読んで、いたく感銘を受けた。

 

思えば、俺はずっと節足動物の研究者からいろんなことを学ばせてもらいながら、歩みを進めてきた。修士1年生のときに初めて参加した学会は "International Congress of Neuroethology" で、そこで知り合った同世代とは今も交流がある。大学院時代は比較生理生化学会に参加していて、なぜか若手の会の編集幹事をやらせてもらってしまった*1。よく考えたら、動物心理でシンポジウムを開くときも、大体、昆虫の研究者を一人は呼んでいるな。

 

27.『 感じる脳 情動と感情の脳科学—よみがえるスピノザ』/ アントニオ・R・ダマシオ 著, 田中三彦 訳    

身体と情動の関係の大家、ダマシオの本で、これも大学院で読んだんだっけな。ダマシオはその後の著作も毎回買ってるけど、これが一番面白かった。

 

28. 『学習心理学における古典的条件づけの理論: パヴロフから連合学習研究の最先端まで』/ 中島定彦 編 

古典的条件づけの理論についてガッツリまとめられた本。出版が2000年だが、最近の展開もこれらのモデルを前提にしているので、この本の価値は今なお色褪せない。

 

29. 『動物心理学—心の射影と発見』    中島定彦    

俺がポスドクのときに出版された本。今、動物心理学を学ぶなら、まずはこれだろう。

 

30. 『動物の認知学習心理学』/ ピアース, J.M. 著 石田 雅人・石井 澄・平岡 恭一・長谷川芳典・中谷 隆・矢沢久史 訳     

やや古い本だが、そうであるがゆえに古典的な議論に厚い。ピアースはもっと新しい教科書も出しているが、俺はどうもこっちの方が印象深い。

 

31. 『ドムヤンの学習と行動の原理』   /  M. ドムヤン 著, 漆原宏次・坂野雄二 監訳    

これは助教になってから出版された。これが出版されてからの2年間、神経科学・行動生態学のお友達に「心理学の行動研究、じょーけんづけとか?って、何に当たればいい?」って聞かれたら、毎回ドムヤンと即答している。メイザーの方は並列連鎖推しだが、行動分析研究以外ではあまり使わないと思うので。

 

32. 『データ解析のための統計モデリング入門—一般化線形モデル・階層ベイズモデル・MCMC』/  久保拓弥    

大学院に入って、指導教員から受けた最初の指示は「このカメラを使って、お前の知りたい動物の行動を撮ってこい」だったが、2番目の指示は「この本を読め」だった。

 

33. 『ベイズ推論による機械学習入門』/ 須山敦志     

34. 『StanとRでベイズ統計モデリング』 / 松浦 健太郎 

35. 『社会科学のための ベイズ統計モデリング』    浜田 宏・石田 淳・清水 裕士 著   

36. "Extending the linear model with R: Generalized Linear, Mixed Effects and Nonparametric Regression Models"  / Julian Faraway     

37. "Statistical Rethinking: A Bayesian Course with Examples in R and Stan" / Richard McElreath 

大学院生〜ポスドクのときに出版されて、大いに助けられた。最近あまりやってないし、アップデートもしていないので、もう少し鍛えたい気持ちもある。Farawayはさすがにちょっと古くてRのパッケージとかが動かないかも。

 

38. 状態空間時系列分析入門    J.J.F.コマンダー (著), S.J.クープマン (著), 和合 肇 (翻訳)  

これは面白い本で、同じデータを使って徐々に時系列モデルを拡張していく。上に挙げた本で学んだStanで書いてみながら勉強していた思い出がある。

 

39. 『行動データの計算論モデリング—強化学習モデルを例として』/ 片平健太郎   

レスコーラ・ワグナーモデルから始める強化学習入門。これがなかったら、今書いてる論文はなかったかもな。

 

40. 『計算論的精神医学—情報処理過程から読み解く精神障害』    国里愛彦・片平健太郎・沖村宰・山下祐一 著        

精神疾患に計算論的アプローチを適用する際のモデルや考え方、実践例。俺の本には、国里さんのサインが入っている。

 

41.  『心理学史』/ 今田恵        

これを超える心理学史の本は、日本語にはいまだないんじゃないか? ただ、出版年が1962年なので、認知心理学誕生以降の展開は別書に当たる必要がある他、情報が古い箇所もある。

 

42. 『行動理論史』/ 南博      

行動の研究史についてなら、今田本と並ぶ名著。

 

43. 『ビジョン: 視覚の計算理論と脳内表現』/ デビッド マー (著), 乾 敏郎 (翻訳), 安藤 広志 (翻訳)

視覚の計算論で有名なマーの著書。学部の指導教員にこれを読みなさいと言われ、読んだが、当時はさっぱりだった記憶がある。また、今の俺は認知を表象の計算だとは思わないけど、早いうちに触れられたのはよかったな、と思う。

 

44. 『心を名づけること』 / K.ダンジガー 著 河野哲也 監訳    

心の概念がいかに変遷し、行動研究の中で位置付けられてきたのか。心理学史について教えるときは、単なる各論の研究史を提示するのではなく、こういう議論を伝えたい。

 

45. 『カラスの自然史―系統から遊び行動まで』 / 樋口広芳・黒沢令子 編      

カラスの研究をしていた大学院時代に読んだ。かつて、ひとりの尊敬する比較認知研究者に俺は「動物を研究する際は、その対象をまるっとすべて引き受ける気持ちでやるべきだし、そうせざるをえない」と言われたことがある。

 

46. "Sturkie's Avian Physiology"  / Colin G. Scanes 編    

一部しか読んだことないけど、鳥類生理学の決定版。

 

47. 『鳥脳力—小さな頭に秘められた驚異の能力』/ 渡辺茂      

鳥の研究を始めるの際して読んだ。これは一般書なんで、楽しく読めると思う。

 

48. "Comparative Vertebrate Neuroanatomy: Evolution and Adaptation" / Ann B. Butler, William Hodos  

大学院に入る直前に、就職する先輩から読めと言われ渡された。正直言って、当時の俺には重たすぎたが、折に触れて思い出す知識がこれ由来なことがある。

 

49. "Evolutionary Neuroscience" / Jon H Kaas 編   

これも時間がなくて全部は目を通してないが、良かった。神経系の系統発生だけじゃなくて、各分類群について学ぶ際にも良い手掛かりになると思う。

 

50. 『遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界—進化する生命の中枢の5億年』 / 滋野修一、野村真、村上安則 編   

こちらも上書と同じく。ただ、こちらの方がEvoDevo的な研究の紹介が多い。これを読んで、学振PDをEvoDevoの研究室に行こうとしたことがあった。

 

51. 『脳の中の身体地図: ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ』    サンドラ ブレイクスリー (著), マシュー ブレイクスリー (著), 小松 淳子 (翻訳)   

脳の身体表現について書かれた一般書。こういうのに興味があって、俺はカラスやハトに付け嘴をはめる実験をした。

 

52. 『マインド・タイム—脳と意識の時間』/ B. リベット 著, 下條信輔・ 安納令奈 訳   

準備電位で有名なリベットの本。この本で語られる自由意志について、長く引っかかっていた。

 

53. 『私たちは学習している—行動と環境の統一的理解に向けて』  /  澤幸祐    

感想はここに書いた。

 

54. "Adaptive Behavior and Learning"   / J. E. R. Staddon 

いつだったか、行動研究について勉強しなおそうと思って手に取った。スタッドンは数量的行動分析を専門としている。比較的単純な数理モデルでここまでいけちゃうのか、という事例がたくさん入っている本。

 

55. "The New Behaviorism: Foundations of Behavioral Science"    John Staddon   

同じくスタッドンの書いた本だが、こちらは自身の哲学的立場について表明している。スキナーを曲解している部分もあるが、スタッドンの描く行動分析学の進む道がよくわかる。

 

56. "Modeling Life: The Mathematics of Biological Systems" / Alan Garfinkel , Jane Shevtsov , Yina Guo  

微分方程式の生物学モデルを実際に書いてみながら学ぶ本。めちゃくちゃ良かった。これを通じて、読める論文が増えた。

 

57. 『環境適応 ─内部表現と予測のメカニズム』 / 伊藤宏司・近藤敏之 編著      

歩行やリーチング、選択などの数理と神経表現についてまとめられている。大学院当時、わからないなりに読んで、やはりわからなかったが、どういうふうにこの手の研究が進んでいるのかを知った。どこかのタイミングでもう一度、学び直したい。

 

58. 『身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ』  /  F. ヴァレラ, E.トンプソン, E. ロッシュ, 田中 靖夫 (訳)    

修士のときだったか、学部のときだったか、なんの前準備もなく読んだ。最後の日本哲学との接続部分なんかは見事、撃沈したものの、この本は各チャプターの最後に「この章を通じて、認知という考え方は次のように刷新された」と新たな定義を述べてくれるので、結論だけはわかるようにできちゃっている。その部分だけでも、当時の俺に取っては十分すぎる衝撃だった。回り回って、今、身体性認知の重要性を説くようになっている

 

59. "Animal life and intelligence" / Lloyd Morgan    

比較心理学黎明期の研究者、ロイド・モーガンの著書。 モーガンは、"Introduction to Comparative Psychology" とセットで、比較心理学のあり方を考える上で避けられない。

 

60. 『ダーウィンの人間論―その思想の発展とヒトの位置』/ H E グルーバー (著), 江上 生子 (著), 月沢 美代子 (著)    

この本は面白い本で、「心理学者としてのダーウィン」に一章が割かれている。

 

61. 『ミミズと土』 / チャールズ・ダーウィン 著 渡辺弘之 訳     

全部を読んだわけではないけど、ダーウィンの著作の中ではこれが一番好き。地質学への関心からミミズの「メンタル・パワー」にたどり着くような、スケールを跨ぐ思考のあり様を追体験できる。

 

62. 『知の創成―身体性認知科学への招待』  / R.ファイファー・S. クリスチャン 著, 石黒章夫・小林 宏・細田 耕 監訳     

63. 『知能の原理 ―身体性に基づく構成論的アプローチ』/ R.ファイファー・J.ボンガード 著, 細田耕・ 石黒 章夫 訳   

計算を身体へ「オフロード」するという身体性認知の見方を提示。実例はロボットなどを通じた構成論的な方法だが、俺は大学院を出るとき、心理学の身体性認知もこういう方向に進むべきなんじゃないかと書いた。まぁ、書いただけで、やれてないのだが......。

 

64. 『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』 / R. ブランダム 著, 加藤隆文・田中凌・朱喜哲・三木 那由他    

65. 『プラグマティズム』 / ウィリアム・ジェームズ 著, 桝田 啓三郎 訳     

プラグマティズムは、研究の奥底で流れているだけでなく、物事の見方、価値、判断、生き方の支流すべてに注ぎ込まれている気がする*2

 

66. 『反射概念の形成—デカルト的生理学の淵源』/  G.カンギレム 著, 金森修 訳        

デカルト由来の反射の概念が現代の形になるまでの概念史。答えだけ言ってしまうと、抹消から中枢に来て反射されるという現代風の考え方に辿り着くには、19世紀のロシア生理学登場まで長い変遷があった。

 

67. 『心について』 / D.O.ヘップ (著), 白井 常 (翻訳)  

心を生物学的問題として捉え直す、ドナルド・ヘッブのエッセイ。当時の神経科学に傾倒するだけでなく、ゲシュタルト心理学から行動主義まで幅広く触れながら論じられている。

"実在" とは、明らかに、思考の出発点として自明のものとされる存在の様態をさしているのである。

 

68. "Free Agents: How Evolution Gave Us Free Will" / Kevin J. Mitchell    

両立論に逃げることなく、自由意志を肯定する神経科学。

 

69. 『意味と目的の世界—生物学の哲学から』  / R.G.ミリカン 著 信原 幸弘 訳     

「意味」の生成を動物に有用な形で利用される機能から説明する。条件づけ研究が随所に出てきて、そういう含意として読まれるのかと感心したものだった。

 

70. 『知覚のなかの行為』/ A. ノエ 著, 飯嶋裕治・池田喬・吉田恵吾・文景楠 訳     

意識の感覚運動随伴性説。エナクティビズムで読んだ2冊目の本。確か、ポスドク時代だったと思う。

 

71.  "Mind in Life: Biology, Phenomenology, and the Sciences of Mind" / Evan Thompson 

北大時代に、田口茂先生に大学院演習で読むからおいでと声をかけてもらって、途中まで読んだ。この時間は、かけがえのないものだった。『身体化された心』では心理学的な問題であると気づけなかった「生命と心の連続性」が、この本によって俺の中で中心化された。

 

72. "Enactivist Interventions: Rethinking the Mind" / Shaun Gallagher       

エナクティビズムについてもっと知ろうと思って手に取ったのがこれだった。他の本が社会的行為に重点を置いてる中、比較的この本はジェネラルな語りなのが良かった(とはいえ、相互行為については分量は割かれているが)。

 

73. 『世界は時間でできている: ベルクソン時間哲学入門』 / 平井靖史       

俺たちが生きる時間の重層性から、クオリアの産出、記憶、習慣など心理学的な生を説明する。ベルクソンを本人の言葉から再叙述するだけでなく、現代科学の言葉を交え、再起動する。

 

74. 『生ける物質—アンリ・ベルクソンと生命個体化の思想』/ 米田翼     

阪大の同僚でもある畏友、米田さんの博論本。創造的進化を同時代の思想潮流の中に位置付けながら再構成することで、現代的な意義を問い直す。

 

75. "The Escape of the Mind" / Howard Rachlin    

ラックリンは心的概念が、行動の時間スケールと、時間的に拡張された行動の結末の特定の問題であると見抜いた稀有な心理学者だった。

 

76. 『自省する知—人文・社会科学のアクチュアリティー』   慶應義塾大学三田哲学会 編  

ガミさんの『ある心理学方法論に見る陥穽と処方箋――「サリーとアンの問題」「裏切り者検知」「不公平嫌悪」をめぐって』を、抜き刷りを院生時代にもらって、それ以来ずっと、ガミさんが吐露するこの手の研究への「苦手さ」が俺の耳に残っている。

 

77. 『メタゾアの心身問題—動物の生活と心の誕生』/ P. ゴドフリー=スミス 著, 塩﨑香織 訳        

ゴドフリー=スミスは「生命と心の連続性」テーゼの提唱者。心理学的生(psychic life)は、俺たちの身体の構成を軽々と飛び越えて偏在する。

 

78. 『動物意識の誕生—生体システム理論と学習理論から解き明かす心の進化』    S. ギンズバーグ, E. ヤブロンカ 著, 鈴木大地 訳        

意識の創発的な進化理論として、無制約連合学習仮説を提唱。検証可能な仮説がたくさんここから生まれてくる。

 

79. 『ギブソン心理学の核心』/ 境敦史・曾我重司・小松英海    

確か初めて読んだのは学部生のときだったが、この本が生態心理学を知る上での文脈を作ってくれた。

 

80. 『知覚経験の生態学—哲学へのエコロジカル・アプローチ』/ 染谷昌義

著者の染谷昌義さんが北大にくると聞いて読んだ。認識における生態心理学のもつ革新性をアフォーダンス、直接知覚、生態学的情報といった諸概念から整理する。

 

81. 『アフォーダンスの心理学—生態心理学への道』/ E. S. リード 著, 細田直哉 訳   

「心理学的なこと」(the psychological)とは何か徹底的に向き合った結果、環境の資源を探索する活動であるという結論に至る。俺の左肩に乗っているのがスキナーだとすれば、右肩にはリードが乗っていて、常に俺を見張っている。

    

82. 『生態心理学の構想—アフォーダンスのルーツと尖端』/ 佐々木正人・三嶋博之 編   

生態心理学に関する論文集、マイケル・タヴィーなどのギブソン以降の生態心理学者だけじゃなくて、エレノア・ギブソンの『心理学に未来はあるのか?』や、ギブソンの指導者であるエドウィン・ホルトの『フロイト流の意図』の第1章が翻訳されていたりと、すごい本。

 

83. 『現象学的な心—心の哲学と認知科学入門』/ ショーン・ギャラガー, ダン・ザハヴィ 著 石原孝二・宮原克典・池田喬・朴嵩哲 訳    

北大CHAINに行くにあたって、共通言語になるのはこの辺りなんだろう思い読んだ。

 

84.   『オイラーの贈物』/ 吉田武 

確か学部2年生のとき、ガミさんに教えてもらった本だったと思う。中学数学からオイラーの公式を導くところまでいく。

 

85. 『ネットワーク科学―ひと・もの・ことの関係性をデータから解き明かす新しいアプローチ』/ A. バラバシ 著, 池田裕一・ 井上寛康・ 谷澤俊弘 監訳    

 

複雑ネットワークの研究者、バラバシの大著。研究で使いたいと思って、もうすぐ10年くらい経ちそうである.......。

 

86. 『予測不可能性、あるいは計算の魔 あるいは、時の形象をめぐる瞑想』 / イーヴァル・エクランド 著, 南條郁子 訳   

複雑系からみる、計算し尽くされない世界の変転に関する啓蒙書(?)

 

87. 『精神と物質—意識と科学的世界像をめぐる考察』/ エルヴィン・シュレーディンガー 著 中村量空 訳 

いつ、どうして手に取ったのかもわからないが、ずっと本棚に残っている一冊。心と物から、人類の未来までの一考察。

 

88. 『心理学』 / W. ジェームズ (著), 今田 寛 (翻訳)   

哲学の歴史がプラトンの注釈ならば、心理学の歴史はジェームズの注釈だろう。"Brief Course" じゃなくて、 "Principle" の方、翻訳出ないかな......。

 

89. 『魂から心へ—心理学の誕生』/  E. S. リード 著, 村田純一・染谷昌義・鈴木貴之 訳  

魂の学であった心理学が、いかにして心の科学になったのか、その連続性を「非公式」の歴史も交えて語る。18世紀から、19世紀、そして20世紀へ、途切れのない思考の歴史の中に俺たちが立っていることを教えてくれる、唯一無二の心理学史。

 

90. 『生成と消滅の精神史—終わらない心を生きる』/ 下西風澄

「心」は、人類史の中で何度も発明され、内へ外へと押し合い引き合いながら変転していった。それは一本の線では描くことのできない交錯の歴史であり、その歴史のなぞり方自体、1つの発明となる宿命を背負っている。そうであるがゆえに、歴史の叙述は、既に1つの思想を語ることである。それを示す、珠玉の一冊。

 

 

という感じで、90冊を選んだ。最後に、ボーナスステージで、おまけの10冊も挙げていくことにしよう。

 

91. 『月と6ペンス』 / サマセット・モーム (著), 金原 瑞人 (翻訳)

人間には、生まれつき神話を生み出す力がある。数奇な運命をたどった者の人生に驚くべき不思議な出来事を探し出して神話を作り、それを頭から信じこむ。神話は、平凡な人生に対するロマンチックな抵抗なのだ。

 

92. 『青春は美わし』 / ヘルマン・ヘッセ (著), 高橋 健二 (翻訳)

学部2年次のドイツ語の講義で、原文で読んで以来、ヘッセで一番すきな作品。俺も、こういう郷愁を感じる日が来るのだろうか。

 

93. 『若者はみな悲しい』/ F.スコット フィッツジェラルド (著), 小川 高義 (翻訳)

若者が相対せざるをえない不条理や閉塞、ほろ苦い戸惑いを、暗澹すぎない筆致で描くのフィッツジェラルドだ。

 

94. 『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』/ J.W. ゲーテ (著), Johann Wolfgang Goethe (原名), 山崎 章甫 (翻訳)

シニカルな知性もどきを簡単に振り回せる世だからこそ、啓蒙的な生き方に目を向けるべきだろう。

 

95. 『いきいきと生きよ: ゲーテに学ぶ』/ 手塚 富雄

著者のお気に入りのゲーテの言葉を解説とともに並べた本。困ったことがあったら、だいたい、ゲーテに聞いておけ。

 

96. 『マルテの手記』 / リルケ (著), 大山 定一 (翻訳)

研究者は「見ること」を学ぶことでもある。

 

97. 『異邦人』/ カミュ (著), 窪田 啓作 (翻訳)

不合理さを通じて人間性、人間らしさとは何かを突きつける、カミュの代表作

 

98. 『百年の孤独』/ ガブリエル・ガルシア=マルケス (著), 鼓 直 (翻訳)

架空の一家ブエンディア一族の隆盛と衰退を描く、あまりに有名な一冊。最近文庫化されたらしい。

 

99. 『タタール人の砂漠』/ ブッツァーティ (著), 脇 功 (翻訳)

辺境でいつ来るかもわからない敵を待ち続ける兵士の寂寥感と、一方で何かが起きるという期待を抱く若い日から、徐々に人生には、思ったほどには何も起きないのだという諦念まで。

 

100. 『チョコレート革命』 / 俵万智

博士院生時代、俺はとにかく金がなかった。スマホが途切れて、電気とガスが止まり、財布には500円だけ。おまけに家賃の納入も待ってもらっている。そんな状況と真っ暗な部屋に耐えきれず家を飛び出ると、人は生きることを肯定してくれる何かを探し始めるものだ。それが俵万智の歌集である必然性はどこにもないのだけど、とにかく手に取ったのものが、それだったのだから仕方ない。

 

人間が人間として生きている ブドウがブドウの木であるように

 

 

以上、90 + 10冊を挙げてみた。

いやはや、思いつきでやってみたが、結局、元日のほとんどを使ってしまった。おまけに誰得な感じの長さにもなってしまった。でも、意外とこういうところから入ったんだな、と思うところもあって、なかなか楽しい作業でもあった。楽しいだけじゃなくて、誰かの琴線に触れることができていたら、嬉しいんだが。もし、俺が任期やら職やらで幸運に恵まれて、10年後も研究者を続けられていたら、その時もまたやってみようと思う。

 

 

 

*1:対象動物が変わってから遠ざかってしまっているのは、とても悲しいことだ。

*2:ただ、勉強し始めた理由は本当にしょーもないもので、とある行動分析学者が「徹底的行動主義はプラグマティズムなので、役に立つことが大事なんだ」みたいなことを言っていたのを聞いて、ジェームズやらデューイやらが、そんなチンケなこと言ってるわけないだろと思ったのがきっかけだった。