Thorndikeの位置付けって意外と簡単じゃねえよなって話

Edward Thorndike (えどわーど・そーんだいく)は、心理学をかじったことのある人なら、名前くらいは聞いたことはあるよな。試行錯誤学習で、ネコの問題箱で実験した人で、効果の法則ってやつで有名で、日本人女性で初めてのPh.D取得者 原口鶴子の指導教員でもあるThorndikeだ。これはまあ、いいよな。このThorndikeって人、俺も講義なんか心理学史に触れるときは、ご多分に漏れず紹介せざるをえないんだけど、意外と位置付けに困る*1。特にどこかに研究として発表するようなことでもないし、かといって講義とかで話すにはあまりにも突っ込んだ内容だから、徒然とお気持ちでも書いておこうと思った。記憶の限りで書いているところもあって、裏取りをしていない内容が含まれているので、誤りがあったら教えてくれよな。

 

位置付け前に、Thorndikeについて軽くトリビアでも紹介しておこう。まず、この人が使った動物はネコだけじゃない。問題箱はイヌにも使ったし、学習実験はヒヨコでも行っていた。ヒヨコは問題箱じゃなくて迷路課題だったけどね。なんなら模倣の研究もやっていた (見事に全てネガティブな結果だった!)。いわゆる効果の法則の研究は "Animal Intelligence" って本に書かれているが、これは博論をもとに出版された。1898年の博論段階では、どうやらサルもやろうとしていたが、動物の到着が間に合わなかったようだ。その後書籍として改めて出版された1911年度版では、サルや魚の研究ついても触れられている。 "law of effect" という言葉が使われているのも1911年版だ。"trial and error" という言葉は確認できる限り1898年版でも3回出てくるが、この言葉はThorndikeのオリジナル用語というより、当時から一般に使われていた言葉らしい。実際、特に説明もなく "trial and error method" が出現する。

 

これくらいならただの心理学のこぼれ話で、せいぜい飲み会のネタになる程度のことだろう。面白い (一方、人に話すときは面倒な) のは、Thorndikeが学習研究の位置付けにある。

 

Thorndikeを紹介する際には、行動主義の文脈で出されることも多いと思う。典型的には、Pavlovの条件反射が古典的条件づけ、Thorndikeの効果の法則が今でいうところの道具的条件づけであり、それらがWatsonの行動主義に結びついたのだ...という語り方だ。実はこの語りには、いろいろ微妙な点がある。

 

まず大きいところは、WatsonはThorndikeをまるで評価していないという点だ。これはちょっと不思議なことに思われるかもしれない。Watsonがいわゆる「行動主義宣言」をしたのが1913年なのに対し、Thorndikeが "Animal Intelligence" を出版したのは1911年のことだった。Thorndikeはその前にも教科書を執筆したり、精力的に研究もしていた。なのでWatsonがThorndikeをまったく知らなかったとはちょっと考えづらいし、Thorndikeの方はと言うと、Watsonの「宣言」に対し好意的なコメントも残している。

 

それにも関わらず、1910年代のWatsonは、Thorndikeの研究をほとんど無視している。「宣言」の中でも、Thorndikeには軽く触れられているが、効果の法則やThorndikeの実験について述べているわけではない。ただ、Thorndikeに対し、自身の研究プロジェクトへの参加を誘った手紙なんかは個人的に書いていたみたいなので、当人同士の人間関係が険悪だったというわけでもなさそうだ。Thorndikeはやや...というかだいぶ攻撃的な人物だったので、この可能性はありえそうだったんだが。

 

そういうわけなので、Thorndikeがその後の行動研究に深い影響を与えたのは言うまでもないが、Watsonが行動主義を唱えたことに直接結びついているような語り方は避けた方がよい。はっきり言って、結びついていない可能性が高いからだ。一方、Skinnerの場合、 "The Behavior of Organism" で、R-typeの条件づけ (ようは後のオペラント条件づけ) が効果の法則のことだ、とは述べているのでここにはちゃんと脈絡がある。よかったよかった*2。Thorndikeは学習研究の科学的な進展には大きく影響したが、行動主義の哲学においては、少なくとも黎明期には大きな貢献を果たしていたとは言い難いということだ。ただし、オペラントとレスポンデントの区別という発明は、Skinnerの徹底的行動主義の形成にも密接に結びついているので、そういう間接的な影響を含めると行動主義への哲学の進展とも無関係とは言い難い。

 

※2024年7月14日追記 ----- ----- ----- ----- ----- ----- ----- ----- ----- ----- ----- 

ThorndikeとSkinnerの関係も複雑なもので、どうやら "The Behavior of Organism" 当初、自分のオペラント概念がThorndikeの延長にあるとは意識していなかったようだ。むしろ、出版後 Hilgardの書評で指摘されて気づいたと自叙伝で述べていた。このことは、X上でdenkitendenkitenさんに教えてもらった。ありがとうございます!

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せっかくPavlovが出てきたので、ついでに言っておくと、Watsonが行動主義宣言をしたときには、Pavlovの研究をよく知ってはいなかった。実際にはYerkesが1909年にPavlovを英語で紹介しているので、全く知らなかったわけではないのかもしれないが、「宣言」論文では、条件反射を方法論的基礎に据えるとは述べていない。条件反射を研究に利用できることに気づいたのは、1913年よりも後のことなんだよね*3。なので、「行動主義の誕生にPavlovの研究が影響した」という言い回しあまりよくない。もちろん、こちらも行動主義のその後の発展には深く関わっているわけだが。

 

WatsonがThorndikeを重視しなかった理由は、Watson本人がきちんと述べているわけではない。なので、明確な理由はわからない。ただ、Thorndikeの学習理論が原因であるというのが有力な説だ。Thorndike自身は、効果の法則と言われる現象を刺激と反応の結びつきであると考えていたわけなので、そこまでだったら、Watsonの好きそうな説明に見える。しかし、Thorndikeはその結びつきが「快によってスタンプイン」される、と続けちゃう。"Animal Intelligence" ではそのスタンプインの機序についていろいろ考察されていたりする。こんな説明に対し、Watsonは「これは、新しい塹壕を掘り、古い塹壕を深くするハンマーとのみを手にした神ヴァルカンのちっぽけな召使たちが、脳にいるかのような話である」と酷評している。よくもまあこんな言い回しが出てくるって感じだよな。

 

Watsonが大学を辞して以降、行動研究に大きい影響を及ぼしたのは、TolmanやらHullやらなわけだが、Tolmanはゲシュタルト心理学から影響を受けていて、Hullの場合はPavlovの翻訳を読んだことが学習研究に参入する契機であった点では、背景がだいぶ違う。どちらも入口でThondikeの影響を受けたわけではなさそうだ。ただ、学習研究の先駆けとして明確に認識はしていたようだ。HullはThondikeを結構高く評価しているが、TolmanにとってはThondikeは微視的すぎるので批判対象だった。このへんは別に大して驚きはないな。細かいことを言い出すとキリがないが、いずれにせよ、Watson以降の行動研究者にとって、ポジティブにせよネガティブにせよ、行動研究者として無視はできない存在だったわけだ。ほぼThorndikeを無視したWatsonに対し、その後の人は理論家・実験家の先駆者として評価していた、という構図だ。

 

ただ、おそらくそういうわけもあって、巷の説明ではThorndikeを行動主義に入れちゃうこともあるらしいが、それはマジでやめた方がいい。既に見たように、そもそもThorndikeは古典的な意味でも、現代的な意味でも、行動主義的ではない。もう少し突っ込んでおくと、Thorndike自身は行動の駆動因を「衝動」(impulse) と言っていて、この言葉は「明確には定義できないがそうとしか呼べないような行動を突き動かすものなんだ」みたいなことを述べている。ここでいう「衝動」というのは、Thorndikeの例で言えば、水泳で右手の後に左手を出すとき、自然とどう身体の動かせばいいのかがわかるといった暗黙の知識、ようは今でいうところの手続き記憶のようなものを想定していたらしい。ただ、Thorndikeは、「衝動」には身体に関する意識が付随するという点を強調するので、ただの手続き記憶とも言い難い。この辺りの議論の仕方は、Thorndikeがあくまで機能主義心理学者であったことにも由来すると思う。何を隠そう、William Jamesが指導教官だったのだから*4。この点も、WatsonがThorndikeを評価しなかった理由かもしれない。

 

1911年度版の "Animal Intelligence" では、その辺がさらに増補されている。Thorndikeにとって、意識の機能は、茫漠とした感覚印象を分析していくことにあった。動物の知性は、あくまで漠然と与えられた感覚から、スタンプインされた特定の行動への衝動を感じ取って、そのように行動することにある。一方、人間はその感覚印象をさまざまな意味に分割できる、というわけだ。Thorndike自身の例で言えば、10匹のトラが目の前にいたら、動物は「逃げたい」という衝動だけが込み上がってくるが、人間はそのように状況と行動を関連づけることに加え、トラの数や色といった要素に分割して、それらを個別に感じ取ることができる。このような意識の能力が人間を人間をたらしめる知性なのだとThorndikeは考えていた。う〜ん、これは世紀転換期の機能主義心理学者のニオいがぷんぷんするゼェって感じですな。

 

次に重要なことは、Thorndike自身がどういう目的で問題箱や迷路、模倣の研究をして、以上のような議論を展開していたかということにある。答えから言おう。ありていに言えば、WatsonがやっつけたかったのがTitchenerらがドイツから輸入・改変した内観心理学なのに対し、Thorndikeが打ちのめしたかったのはイギリスの比較心理学だった。つまり、19世紀後半の比較心理学の事情が絡んでくるわけだ。19世紀の比較心理学といえば、代表的なのはRomanesやMorganだな。Romanesは擬人主義、Morganはモーガン公準で習ったことのある人もいると思う。そのあたりの時代だ。何が問題になっていたかというと、学習を通じて獲得される「知的な行動」と進化の関係だ。

 

ことの発端はDarwinとWallace (あるふれっど・うぉれす) が同時期に自然選択説の着想を得たところから始まる。Darwinが『種の起源』出版よりずっと前から人間の心の働きも自然選択の対象だと考えていたのに対し、Wallaceは自然選択は形態進化の原理であると考えていた。心の進化を認めるにしても、Darwinのように分岐的な見方をとるか、Spencerのように直線的で漸進的な進化が起きているのかが問題になる。他にも、進化それ自体が受け入れられても、獲得形質の遺伝がポピュラーな説になったり、それ対する批判の応酬*5があったりと、なかなか複雑な状況だった。このあたりの生物学史には自信がないので、ここらでお茶を濁しておこう。

 

とにかく「何が自然選択の対象になるか」「学習は進化にどう関与するか」という問いが、当時の進化の問題群の中にはあったようだ。特にRomanesにとって、それが最重要課題の1つだった。この人は、そんな状況の中で比較心理学を作ったわけだ。もちろん、Romanesは「知性・心・行動も自然選択の対象」で、かつ、「学習が動物の進化に積極的に関与する」という見方を支持する陣営だな。Romanesにとって、心とは学習によって行動が調整されることだった。なので、この見方が支持するような「逸話」をたくさん集めようとした。それが擬人主義として批判されたという顛末は、よく知られている通りってことでいいだろう。

 

つまり、Romanesにとって喫緊の課題は、ヒトの知的な営みに動物との連続性を見出すことだったわけだ。そうじゃないと、同時代の敵対陣営を説得させることなんてできない。Romanesは学習以外にも道徳といった心の働きの萌芽をも動物に見出そうとしていたが、Thorndikeとの関連で重要なのは動物が「推論する」ことだ。Romanesは実際、脊椎動物だけではなく、例えばアリの推論力 (reasoning power) について議論していたりする*6。Morganも、Romanesの動物行動の解釈を批判し、実験を重視しつつも、動物の推論そのものは受け入れていた。Morganはたまに擬人主義を批判したと説明されることがあるが、擬人主義そのものは批判してはいないぞ。いいか、Morganは擬人主義を批判した人じゃない。いいな?

 

以上が、Thorndikeが登場する背景だ。この知的状況に対し、Thorndikeには、学習に関して進化の点から解釈するのが不毛な作業に映っていたようだ。ほらね、攻撃的でしょう。Thorndikeは実験を重視するMorganの方針を取りつつ、最終的には動物に推論をはじめとした知的な営みがあると信じているMorganの結論には与しなかった。むしろ、当初のThorndikeは「動物が推論するなどという戯言を引っ込める」ことを意図していた。つまり、当時の比較心理学のスタンダードな考え方に対して、ハードパンチをぶちかましてやろうという、若き大学院生の姿が実は "Animal Intelligence" の背後にある。

 

これは余談だが、"Animal Intelligence" と名のついた本はいろいろある。Romanesの "Animal Intelligence"、Morganの "Animal Life and Intelligence"、Thorndikeのは副題付きだと "Animal intelligence: experimental studies" だな。まあ、たぶん狙って当てこすったタイトルをつけたのだろう。

 

Thorndikeが進化の点から動物の学習を捉えるのに懐疑的だったとはいえ、1911年版では1898年版では書かれていなかった "The evolution of human intellect" という章が付け加えられた。これはなんの心境の変化なのかはわからんが、内容は (残念ながら?) かなり直線的で進歩的な見方で、読むのはちょっとしんどい。例えば、この本は次のような一節で締めくくられる。

 

人間は、その精神能力においてこそ、自然の一部であると言えよう。人間の本能、すなわち特定の方法で感じたり行動したりする生得的な傾向は、下等動物、特に私たちと身体的に最も近い親戚であるサルと近縁たる痕跡を示している。人間の感覚能力には新しい創造物は見られない。人間の知性は、これまでに見てきたように、動物全般の知性から生じた、単純であるが拡張された変異である。これもまた、サルの場合に見られる類似した変異によって予示されている。動物の心の中で、人間の心がリードしているのは、異なる惑星からの半神 (デミゴッド) としてではなく、同じ種からの王としてである。

 

こういう漸進的な進化観はSpencer以来、当時浸透していた考え方だそうだが、特にRomanesに顕著なんだな。Romanesは "Metanl Evolution in Animals" という本で、心の進化を50段階に分けて、 「文明化された人間」がその先端にいると最初に述べていた。比較心理学では、いわばscala naturae的な見方が非明示的に、あるいはひどいときは明示的に顔を出してくることがたびたび問題になるが、実はその性向はイギリスから大西洋を渡りThondikeにきっちり受け渡されていったようだ。それが、その後の心理学を幾ばくか方向づけたのだとしたら、現代の比較心理学者の末端にいる俺は、やや肩をすぼめてしまう。

 

さてさて、長くなったが今日のお話をまとめよう。Thorndikeは、明らかにその後の行動主義者たちの研究に影響を与えた。これはよく知られている通りだ。だが、Watsonの行動主義の成立そのものに、深く関与しているとは言い難い。むしろ、Watsonは意図的にThorndikeを無視していたきらいすらある。当のThorndike自身は、当時の比較心理学に対するアンチテーゼとして研究を遂行していた。その結果の解釈には、アメリカの機能主義心理学的な色彩と問題意識があった。心の進化について論じるときは、批判の標的であったはずの比較心理学黎明期の論者と同じ轍を踏んでしまっていた。

 

一言でまとめると、ようは、意外とややこしいやつだってことだ。時代の転換期の傑物というのは、こうじゃなきゃねと思う反面、簡潔に伝えなきゃいけないときは、まあまあ困る*7。と、ぼやきから始まったのだが、書き出してみると8000字近くかかってしまった。誰が読むのかって感じの内容になっちゃったが、ようはThorndikeを紹介するときにちょっと逡巡するって話を管巻いてみたってことだ...*8

 

 

 

*1:道具的条件づけの回で紹介する人も多いだろうけど、俺は歴史に沿って教えないで、現代的な理解の仕方をなるべく最初から提示したいと考えるようになってきた。この辺の教え方には各人の考え方があると思う。例えば、初めに研究した人をリスペクトすべきという方針もありうる。なので、どれが正解ってこともないと思うが、俺は歴史的経緯と現行の体系は分けて教えたいなぁという人。

*2:今でいうところのオペラントとレスポンデントを最初にわけた "Two types of conditioned reflex and a peseudo type" って論文では、Skinnerは効果の法則に触れてないけど、さすがに念頭にはあったんだろう

*3:動物心理の中では有名な話なんだが、Bekhterevの『客観心理学』のフランス語翻訳を読んだことがきっかけ

*4:最初はJamesの自宅で実験をして、後にCattellの元に移って学位を取得した

*5:例えば、俺はよくわかってないんだけど、Weissmanのgerm-plasma説

*6:Romanesよりちょっと前にも "The Reasoning Power in Animals" なんて本が、John Selby Watsonという人によって書かれていた (Watson, 1867)。

*7:まあ、学史がどれほど必要なものなのかというのには、大学教員の数だけ考え方があるだろう。俺自身は、こと心理学については、実験的な研究をいざ始める際には必要ない (必要であってはならない) と考えている。その一方で、心理学は主題が明白なものではないという点で、主題の輪郭を描く作業には心理学史が必要であるし、既に用意された船に乗っかる際にも、その背景を知ることは有用であるという信念で教えている。例えば、「学習」が心理学の問題群の一角をなしていることって、そこまで自明なことじゃないでしょ?逆にいえば、心理学の主題がとても綺麗な形で定義できちゃったら、心理学の講義を歴史からスタートする必要性はなくなるだろう。そういう未来があってもいいし、そうなってほしいものだが、現状どうすればそうなるのか、俺にはよくわからない。

*8:実際に教えるときは深入りしてもしゃーないので、

・学習を実験的に研究した先駆者であった

・その後のオペラント/道具的条件づけの研究につながった

・本人には当時の比較心理学批判が念頭にあった

という3点だけ伝えている。いや、結局ほぼ普通の教え方じゃねえか!って感じなんだが、普通の教え方ってのはそれが普通になるだけの理由があるってことだ...。