行動の心理学って色々呼び方あって、なんて呼べばいいか迷うだって?もう迷わなくていいように...できないかも

心理学で行動だの学習だのを研究している人、ずいぶん少なくなって久しいよな。って訳知り顔で言ってる俺は今32歳で、学部生の頃には既に「絶滅危惧種」と呼ばれていたんだがな。そういうことなので、「減っていく」感じはしなくて、今も昔も変わらず希少種である。ちなみに、これが2024年度の日本心理学会のポスター発表のセクション別発表件数だ。学習が占める割合は1.4%である。これはここ数年ほぼ変化していない。

 

 

 

さて、例えばこの「学習」セクションで発表している心理学者を目の前にして、みんなは初見で「何々心理学」が専門の人と呼ぶだろう?学習心理学行動分析学?それとも行動心理学?もっと大きく、行動科学?はたまた、動物使っていたら全員とりあえず動物行動学ってことでいい?

 

まあ、こんなことははっきり言って、細かくてどうでもいいネタではあるんだが、知らない人迷うよな。しゃーない。とはいえ、例えば行動分析学の研究者に「あ〜それ知ってる!連合学習ってやつでしょ!」と言うと、突然激昂する不心得者はいないと信じているが、内心「ちょっと違うんだよなぁ」と思われることは間違いない。めんどくさいと思うだろ?そう、めんどくさいんだよ。今日はその辺の区別を軽くまとめてみよう。

 

まずは「学習心理学」 (psychology of learning) と「行動分析学」 (behavior analysis) だ。この2つの分野は、どちらもヒトを含んだ動物の行動やその学習 (変化) を調べる学問の名称だ。似たような実験系で、似たような現象を扱っているが、中にいる人たちはお互いを違う分野だと思っている。この2つの分野は「方法論的行動主義」(methodological behaviorism) と「徹底的行動主義」(radical behaviorism) と、基礎にある考え方が違う。もうほんと一言でいえば、心的概念に対する態度が違う。前者は「ま〜操作的にやれば、ある程度節約的に運用すればいいよね」なのに対して、後者は「それってそういう名前の行動だよね。なので説明的な役割を与えるのはやめようぜ」って言う。

 

考え方が違っても、お互いカバーできる範囲はほとんど変わらない。「それなら別に一緒でいいじゃん」と思うかもしれないが、不思議とそうもいかない。思いつきやすい研究や、研究の進めやすさが変わってくるんだな、これが (学習心理だったら自然に着想して、実験としても進めやすいが行動分析学では思いつきにくい現象なんかがある。逆も然り)。

 

哲学の話はいーよそんなの...って人は「連合」って言ってれば学習心理学者で、「連合」って言ったのに対して「随伴性」と言い直していたら行動分析学者だと思っておけば9割は外さないだろう。そう、連合学習 (associative learning) は学習心理学の言葉で、行動分析学では使われることはない。あとは、方法論レベルでは、単一事例法 (single-subject design) を使っていたら、行動分析の研究である可能性が高い。両者がどう違うかに興味がある人がいたら澤さんの本の29~48ページあたりに当たるのがよい。もっと専門的な違いを知りたい人がいたら、Mooreの論文でも読むとだいたいわかる。

 

ところで俺自身は、特別どちらに依っているでもない。俺の専門は比較心理学 (comparative psychology) で、比較心理学の研究が学習のセッションで出ていることもありうる*1。比較心理学には「比較心理学独自のディシプリン」というのがあまりない。なので、学習心理学行動分析学の考え方を借りることが多い。比較心理学ってのは、ようはいろんな動物に対して心理学的な諸法則がどこまで通用して、どこから固有っぽい説明が必要で、さらにはその固有っぽさが実はもっとメタなレベルの枠組みでは綺麗に取り扱えたりするのだろうか、なんてことが知りたい人々の集まりだ。そういう人の中でも特に「認知」について知りたい場合は「比較認知科学」(comparative cognition) なんて名前がつく。

 

次に「行動心理学」(behavioral psychology)という言い方だ。Xでは「行動心理学なんて分野はない!」というポストも時々見かける。実際、行動心理学でGoogle検索をかけると「人の仕草から心理を見抜くテクニック」みたいな通俗的な記事がたくさん出てくる。つまり、分野外の人は、この言い方はとりあえず避けておけばよい。

 

ただまぁ、行動心理学って言い方をする研究者が、これまでにまったくいなかったわけではない。例えばこれとかこれとかが挙げられる。英語圏でも行動分析学者が "behavioral psychology" と自称している例はそれなりにある。他にもKantorの "interbehavioral psychology" は「相互行動心理学」である。なので、行動心理学って言い方は、研究分野として広く市民権を得ている名称ではないものの、「絶対使うな」「そんな分野は存在しない」と言うほどでもない。そういう微妙なところがある。まあ、俺は使わないけどな。

 

余談だが、行動心理学で検索すると「ジョン・ブレイザー博士が創始した心理学」と出てくることが多い。記事によっては「ジョン・ブレイザー・ワトソン」と書かれているが、これは単に行動主義の提唱者「ジョン・ブローダス・ワトソン」と混ざってしまっているだけだろう。ジョン・ブレイザーは実在の心理学者で、脚の組み方と心理特性の関係なんて論文がある。ただ、その後ほとんど引用されてなく、追試も行われていないため、普通に考えて鵜呑みにはしない方がよい。

 

響きだけが似ている名前として「行動主義心理学」(behavioristic psychology) という言い回しもあるが、これはその名の通り「行動主義」(behaviorism)に基づいた心理学ということだ。でも、この言葉は今や曖昧なものだ。Watsonの心理学を指しているのであれば、もはや歴史的な意味しか持たないし、Skinnerの徹底的行動主義に基づく心理学なら「行動分析学」と呼ぶのが適切だろう。その他の立場を表しているなら、その特定の立場を最初から明示した方が建設的である。あるいは、それら全部を丸っと括って行動主義全体を表しているとしたら、全てに共通する特徴は「行動を扱っている」程度の点くらいしかなく、ややトリビアルな感じになる。例えば、学習心理学も行動主義といえば行動主義であるが、上述の通り「方法論的行動主義」であり、方法論的行動主義は実は認知心理学も該当するので、この点でもって殊更に行動主義心理学と呼ぶ意味はない。

 

行動科学」(behaviral science) というのは、もっともっと広い分野を指した名前だ。ときには心理学だけじゃなくて、経済学や社会学、あるいは政治学も含んでいるみたいだ。なので、行動研究をしている心理学者を「行動科学者」というのは、間違っていないけど、国文学の研究をしている人を「人文学者」、経済学者に対し「社会科学者」と呼ぶような雰囲気になる。よくわからんときは、そう言ってもOKということだ。俺自身は、学習心理と行動分析学まとめて話すときはめんどうなので行動科学って言っちゃうことがある。

 

ただ、分野外の人たちにとって非常にめんどうなことに、行動分析の人たちは自分たちの研究領域のことをよく「行動の科学」 (science of behavior) と呼ぶ。なので行動分析学者が「行動の科学が...」といったときは、広い行動科学全体というよりは、行動分析学という特定の領域を指していると考えた方がよいだろう。めんどくさいよな。

 

この「行動の科学」って言い回しは、俺もたまに使っちゃう。つまり、俺の場合、「行動の科学」と言ってるときは行動分析学を指していて、「行動科学」と言っているときは学習心理学も含んだ意図で話していることが多い。ウワァー!めんどくせえやつだな!って感じなんだが、そこが理解されないと困るようなことを話す場面ってのはほとんどないし、困るときはちゃんと説明するか、行動分析学学習心理学って分けて呼ぶ。

 

最後に「動物行動学」(ethology) だが、これはLorenzやTinbergenが立ち上げた生物学の分野で、心理学とはまた別の来歴がある。もちろん、現代では心理学とクロスオーバーしている研究もたくさんあるわけだが、例えば「学習心理学」と「動物行動学」と名前のついた学部講義では、習う内容は大幅に異なる (俺は「動物行動学」という講義を受けたことはないがな)。動物行動学は元々は野外の観察と実験から確立した分野で、実験室で厳密な統制の方に進んだ学習心理学行動分析学とは育ちも違う。とはいえ、この点も現代では境界が曖昧な例はいくらでもあるので、溝がはっきりとした区切りだとは思わなくても構わないと俺は思っている。

 

ただ、個人的には残念なことなんだが、日本の学会ではこれらの諸領域がオーバーラップしているとは言い難い。行動分析学者には行動分析学会、学習心理学者には動物心理学会、動物行動学者には動物行動学会にいけば会えるが、3つすべてに定期的に参加している人は、俺は1人を除いて知らない (後者2つだけなら何人かはいるはずだけど、たくさんいるわけではない)。俺自身は、動物心理学会が主な学会で、行動分析学会も会員である。動物行動学会は、昔は会員で参加していたが、対象動物の変化につれて行かなくなってしまった。でも、動物行動学会で発表するような研究ができるようになったら、また行きたいと思う。

 

と、いろいろ書いたものの、別に研究は学問の名前でやるわけではないし、分野の壁を殊更に強調することに意味はない。ただ、現状は完全に1つにまとまっていると言い難いのも事実な面もある。学習の研究に親しみのない人にとっては、結構違いがわかりづらい部分もあるし、実際ややこしいってことだ...俺が謝ることでもないが、なんか、すまんな...。

 

 

 

 

*1:ただ、今回俺が出した研究は学習心理学風味が強く、比較風味はない。