学振の申請書でどれくらい推敲を重ねたのかって話

大学院生はそろそろ、学振にヤキモキする時期になるんじゃないかと思う。かくいうぼくも、修士、博士、ポスドク2年目の各時期で学振の申請をしたが、毎回戦々恐々だった。そういうわけで、多くの博士院生やポスドクにとって学振はなんとも思い出深い(?)ものなようで、持論や攻略法を語るブログは山のようにある。

 

学振申請のTIPSみたいなのは既に巷に溢れていて、1ポスドクのぼくから新たに付け加えるべきことは特にないんだが、例えば定番なものとしては「分野内外の人に見てもらってコメント受ける」ってのがある。実際、ぼくもいろんな人に見てもらった。研究科の先輩・同期・後輩はもちろんだが、他分野の友達にも見てもらった。具体的には、素粒子物理、音響物理、宇宙物理、社会学の友達に見てもらった。ぼくも逆に見たんだが、ラグランジアンがどうのとか、ブラックホールの形成がどうのとか、全然わけわかんなかったが、それはそれで楽しかった記憶がある。

 

とまあ、いろんな人に見てもらう中で何回も推敲を重ねる人が多い。

 

しかし、ざっと探す限り「初版と最終版を比べてみてどれくらい変わったのか」をテーマにした記事はなさそうだった。ぼくの場合はどうだったのだろうと思い、古いハードディスクを掘り返してみたのだが、提出するまでにバージョン21まで改訂を重ねた形跡があった。なので、今回のブログではそれを紹介してみようと思う。これから学振を申請する人の参考になれば幸いだ。紹介するのは、既に論文化が終わったり、うまくいかなくてたち消えた内容しか載っていないDCの申請書になる。申請区分は、社会科学の実験心理学だ。実物がほしい人はTwitterからコンタクト取ってもらえたら、対応する。申請書読んでコメントくれってのも、言ってくれればやる。

 

御託は以上で終わり。最初のページからいこう。ぼくがDCに申請したのは修士2年生だった2015年度なので、今 (2021年度) のフォーマットとはだいぶ違うんだが、「コツ」的な部分は大して変わんないだろう。

 

で、こちらが第1版の出だし

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次にこちらが最終版の出だし

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パッとみても、最終版では大幅にスリムになっているのがわかる。言いたいことを絞って、端的な言葉にまとめようときっと頑張ったんだろう。それに加えて、コアになる問題点がより明瞭になっている点にも推敲の跡を見出せそうだ。第1版では

NCC の行動を分析する上で問題となるのはその特殊性と他種との連続性である

と問題提起を行なっているが、なにを指して特殊性だの連続性だのと宣っているのかが判然としない。ようは、こいつが何がしたいか、ようわからんってことなわけだ。それが最終版では

NCC では , 道具を握るクチバシは固く柔軟性に欠け, かつ , 眼とクチバシが同じ頭部にあるため , 道具を動かすと視野も動いてしまう . NCCは道具と身体をどのように安定一体化させ , 運動による視野外乱をどう克服しているのだろうか

となっている。これなら、全然当該分野に詳しくなかったり、興味がなかったりしても、「少なくともカラスの視覚と運動に興味があるんだな、こいつは」くらいには思ってもらえそうだ。第1版では研究の目的と内容が混然としていて、切れ目がない。なので何がやりたいのかいまいちわからないまま研究内容が紹介されているが、その点、最終版ではある程度はっきり述べてから具体的な研究内容に入っていっているように見える。

 

次に特色と独創的な点ってやつ。まずは第1版のやつ

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次に最終版のやつ

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こちらもだいぶスリムなっている。端的に、第1版のはあまり面白くなさそうだ。「トポグラフィー」とか、謎の用語まで出てきていて、枝葉末節に分け入っている。ようはテクニカルな部分を強調していて、本質を突いている感じがしない。一方、最終版は、本人がやりたいことが集約されているように見える。

 

続けて、これからの研究の背景。こちらが第1版

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こちらが最終版

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パッと見てわかるのは、出だしが変わっていて、第1版ではEmery and Clayton (2004) の議論を引っ張ってきているが、最終版では自分の仮説について改めて述べている。また、第1版では「色々書いてあるけど、実際何を調べるの?」というのが判然としない。最終版では、ある程度具体的にどんな実験をすることで仮説を検証するのかが述べられているのがわかる。

 

で、これからの研究に入っていくわけだが、こちらが第1版

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こちらが最終版

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ポンチ絵的なのが大幅に変わっている。単に矢印を引っ張ったんじゃなくて、促進だの制約だのと、そこから何を知りたいのかな〜って部分が入っているんだな。余談だが、第1版で網膜云々言っているのは、当時ハシブトガラスの網膜細胞の分布論文が個人的にヒットして、カレドニアガラスと比較研究をしたいと思っていたからだ。どういう経緯でその話が消えたのかは忘れたが、たぶん、実験心理の枠で出すには内容が生理学寄りすぎたからだろう。その辺りをごっそり変更したこともあり、第1版は「あれもこれもやる」みたいな雑多な印象を受けるが、最終版は視覚と運動の一点突破にになっている。

 

具体的な研究内容と研究計画は長いし、第1版と最終版で内容が違いすぎて比較も難しいので飛ばす。というわけで、再び特色・独創的な点だが、第1版ではこうなっていて

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最終版ではこうなった

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メタなレベルでの言いたいことの根っこは大して変わらないんだが、第1版では

運動能力を NCC と直接比較することを試みる点で一線を画す .

なんて言っているように、テクニカルな部分に力点を置いているのがわかる。他の分野ではわからないが、実験心理学では最初の稿ではテクニカルな部分を推す人が結構多くて、大概周りに指摘されて直させられることが多いんじゃないかと思う。ぼくも多分に漏れていないってわけだ。また、予想されるインパクトでは、第1版は

鳥類の脳体積を種間比較した研究では , カラスとオウムが群を抜いており...

とはじまっているが、最終版では

「 道具使用はどのように進化したのか ?」という問いはヒトの“こころ“の進化を解き明かす学際的テーマの1つである

と、より射程の広い話をしようとしている。つまり、カラスを題材にしているが単にカラスに興味がある以上に、より普遍的な話につながると考えていますよ、と言いたいわけだ。実際「カラス学・鳥類学に留まらない〜」などとのたまっている。

 

これも余談なんだが、遺伝子研究についてあれこれ言っているのは、クチバシ形成の発生学に興味があったからだ。カラスのクチバシの場合、クチバシサイズが大きくなるほど、クチバシは湾曲する。これは食性に関わらず、結構綺麗に相関する。しかし、カレドニアガラスは相関から大きく外れていて、とても面白い。当時、クチバシの形成が発生段階のプログラムに制約を受けているという論文を知って、この辺りの話に関心を抱いてた。

 

ついでにどうでもいい脱線なんだけど、「君のやりたいことはカーコロジーでしょ (カラスがカアカアと鳴く心理学だから) 」というのは、わりと一触即発になる発言だ。そういうの嫌がらない人もいると思うけど。その辺は、人によってだいぶ違う。犬ならワンコロジー、猫ならニャンコロジー齧歯類ならチューコロジー。多分、チューコロジーをやりたい人はあまりいなそうだ。

 

最後に、目指すべき研究者ってセクションを見ていこう。まずは第1版

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こちらが最終版

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こちらも言いたいことが大幅に変わったわけじゃないが、最終版は、提案した研究に基づいてあれこれ言っているのがわかる。突然空から降ってきたような目指す研究者像を語るんじゃなくて、今までやってきて、これからやることの延長として述べることを意識したんだろう。あと第1版では「行動研究を軸に据えて」とか別に強調しなくてもよいところに下線部を引いていて、自分の中で何を重視しているのかが多分まだまだわかっていなかったんだろう。

 

この後は長所を述べる部分があるんだが、そこはほとんど変えてなかったので省力する。

 

とまあ、以上、最初と最後の版で変わっていた部分を主に紹介したが、推敲の過程でだいぶ様変わりしているのがわかった。ここでは載せなかったが、研究計画自体もほぼ様変わりしている。何がどの程度功を奏したのかは正直わからないが、こういうのは人事を尽くして天命を・・・ってやつだ。